トップコラムメンタルヘルス不調の事例|退職に至った事例と専門家の支援につながった事例

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トップコラムメンタルヘルス不調の事例|退職に至った事例と専門家の支援につながった事例

メンタルヘルス不調の事例|退職に至った事例と専門家の支援につながった事例

こんにちは、臨床心理士・公認心理師の前田です。

従業員のメンタルヘルス不調を放置することは、本人のみならず、職場全体に大きな影響を及ぼします。職場はメンタルヘルス不調が疑われる従業員を早期に発見し、適切な対応をとることのできる仕組みを整えておくことが重要です。職場の体制や対応によっては、従業員のメンタルヘルス不調を助長する可能性もあります。今回は、メンタルヘルス不調の従業員が職場の体制や対応によって、退職に至った事例と専門家の支援につながった事例をご紹介します。

退職に至った事例

Bさんは30代前半の男性、入社7年目の会社員です。Bさんは1年前、職場で新しいプロジェクトに参加することになりました。仕事量が増えた影響で忙しくはなりましたが、同僚と協力しながらやりがいのある仕事に取り組めていることに充実感を得ていました。

しかし、半年前に上司が変わり、仕事の方針が大きく転換しました。個人の責任が厳しく追及されるようになり、同僚との関係も悪化していきました。仕事の負担もさらに増加し、深夜まで残業をする日も多くなっていきました。

2か月ほど前から、Bさんの仕事でのミスが目立つようになりました。そのたびに上司から叱責を受け、仕事がうまくできていないことに焦りや不安を感じるようになりました。ミスを挽回しようと頑張りますが、仕事に集中できません。自宅でも仕事のことが頭から離れなくなっていきました。

以前なら同僚に相談して解決策を見つけていましたが、同僚との関係が悪化しているため、誰にも相談できずにいました。次第に夜寝付けなくなり、朝の出勤準備にも時間がかかるようになりました。自宅を出る時間が遅れ、遅刻をする日も出てきました。Bさんは「プロジェクトが一段落するまでの辛抱だ」と自分に言い聞かせていました。

ある日、Bさんは仕事で大きなミスをして上司から叱責を受けました。上司から「なぜこんなミスをしたんだ、最近様子がおかしいぞ」と尋ねられたため、Bさんは意を決して、現在感じている不調について上司に打ち明けました。

上司も多忙でゆっくり話す時間がとれなかったのでしょう。「きっと疲れているだけだ、この仕事は引き取るから」と声をかけ、その場を立ち去りました。Bさんはこの上司の一言で「ここでは働いていけない」と心が折れてしまいました。

数日後、Bさんはうつ病の診断書を職場に提出して休職することになりました。その後、復職することなく退職しました。結果として職場は大切な人材を失うことになったのです。

Bさんの事例のポイント

この事例では、不調を打ち明けたBさんに対して「きっと疲れているだけだ、この仕事は引き取るから」と上司が声をかけ、上司とBさんの間だけで問題を解決しようとしていました。Bさんの健康状態を判断するのは医師であって、上司ではありません。

安易やアドバイスや不用意な励ましは、従業員を傷つけたり追い詰めたりして、ストレスを悪化させる可能性もあるため注意が必要です。従業員のメンタルヘルス不調が疑われる場合は、速やかにメンタルヘルスの専門家につなぐようにしましょう。

また、Bさんは同僚との関係悪化により、不調を誰にも相談できずにいました。この間、誰からの支援を受けることもできず、Bさんのメンタルヘルス不調が悪化しています。職場は、従業員が気軽に安心して相談できる環境を日頃より整えておくことが大切です。

専門家の支援につながった事例

Cさんは30代後半の男性、入社5年目の会社員です。上司はCさんの対応について悩んでいました。調子の悪い日が続いているにも関わらず、なかなか病院を受診してくれないからです。

3か月ほど前、Cさんがぼんやりした表情をしていたので、上司は「夜更かしでもしたのか?無茶するなよ」と声をかけました。しかし最近は、仕事中に居眠りをしていたり、入力したデータが間違っていたりします。以前のように、同僚と雑談をすることもなくなりました。日中に仕事が進んでいないせいか、残業することも多くなっています。

上司はメンタルヘルス不調かもしれないと思い、Cさんに声をかけて話を聞いてみました。Cさん自身にも不調の自覚はあるのですが、「迷惑をかけてすみません」と謝るばかりです。何か原因があるのか尋ねてみても「何でもありません」と答えます。

「調子が悪いのであれば、一度病院で診てもらいなさい」と伝えましたが、「たいしたことないので大丈夫です、心配をかけてすみません」と病院に行こうとしません。最初はCさんを心配して「無理するなよ」と優しく声をかけていた同僚も、最近では「本当に調子が悪いのか?」と疑いの声を上げ始めています。

上司は、Cさんの仕事のパフォーマンスが低下していること、以前ならしていなかったデータ入力のミスが頻発していることなど、Cさんや周囲が困っていることを中心にして話をしました。

その上で、今の状態が続くと職場としても心配であることを伝えました。「私には話しにくいこともあるだろうし、病院の受診に抵抗があるようであれば、まずは専門家に相談してみてはどうだろう」とカウンセリングの利用を勧めました。

Cさんの会社では、従業員であれば誰でも利用できる社外のカウンセリングサービスを導入していたのです。Cさんも「周囲に迷惑をかけているのは事実なので一度利用してみます」と上司の提案を承諾しました。

カウンセリングにてCさんのお話をうかがうと、離れて暮らしている母親が癌で闘病していること、仕事後に片道2時間の運転をして母親のもとに行き、身の回りの世話や話し相手をしていることがわかりました。毎日帰宅が0時を過ぎ、睡眠も4時間程度しかとれていません。

母親からは「あなたの生活があるのだから無理しなくていい」と言われていますが、Cさんは「母が頑張っているのだから、自分も一生懸命頑張らなければ」と考えています。Cさんは父親も癌で亡くしており、「父は恩返しもできないままいなくなってしまった、父の時のように後悔したくない」と話しました。

上司に原因を伝えなかったことについては「プライベートな問題なので、職場の人には話しづらかった」とのことでした。病院を頑なに受診しなかった理由については「今は自分が病気であることを認めるわけにはいかない、癌の治療にお金がかかるだろうから仕事を続けられなくなったら困る」と述べられました。

カウンセリングで現在の状況を整理していく中で、「このままでは母より早く倒れてしまうかもしれませんね、カウンセラーがそうした方が良いということであれば」と病院を受診することを決意しました。

Cさんは現在も通院しながら、勤務を続けています。ストレスへ対処する方法の定着を目指して、カウンセリングも定期的に利用しています。「自分が健康でいることで、母も安心して過ごせるようです」と話してくれました。

Cさんの事例のポイント

この事例では、上司がCさんの気持ちをくみ取りつつ、状態が悪いことについて、本人や周囲が困っていることを中心に話をしていました。働く中で現実に起こっている困りごとを話題にすることで、従業員も現状を受け止めやすくなります。

Cさんはメンタルヘルス不調を自覚していたものの、「仕事を続けられなくなるのではないか」と考え、病院への受診をためらっていました。

以前より精神科・心療内科の敷居は低くなったものの、病院を受診したくないという方は一定数います。上司や人事担当者が受診を勧めるのはなかなか難しいですが、専門家であれば、本人の納得感も得やすくなります。

また、この事例では上司がCさんの変化に気づいていましたが、周囲から見て、従業員がメンタルへルス不調なのか、仕事をさぼっているだけなのか、その違いを見抜くことは難しいです。

専門家であれば、メンタルへルス不調か否かを評価できます。メンタルへルス不調でなかったとしても、現在起きている悪循環について整理する、仕事へのモチベーションを高めるなどのアプローチが可能です。

Cさんの職場は従業員が利用できる社外のカウンセリングサービスを導入していました。「個人的なことは相談しにくい」「人事評価に影響するかもしれない」と考え、社内の相談窓口の利用に不安を感じる従業員は少なくありません。

周囲に知られることを気にせず、気軽に相談できる環境を整えておくことが、従業員の安心やメンタルヘルス不調の予防につながります。

従業員のメンタルヘルス不調に対応する上で重要なのは、職場内だけで問題を抱え込まないことです。メンタルヘルスの問題は専門家でないと判断できないことが少なくありません。専門家と連携し、相談しながら進めていくことのできる環境を整えましょう。

(ライター:前田 わかな/臨床心理士・公認心理師)

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