コラム
高ストレス者へのカウンセリング事例|ストレスとうまく付き合うには
こんにちは。臨床心理士・公認心理師の前田です。
ストレスチェックで高ストレスに該当する労働者がいる場合、企業は労働者のストレスを軽減する方法を考える必要があります。特に、医師による面接指導を希望しない労働者や休職になった労働者に対するフォローやアフターケアが課題だと感じられている担当者は少なくないでしょう。
そのような課題を解決するための方法の一つが、臨床心理士・公認心理師によるカウンセリングです。高ストレス者へのカウンセリングを実施した結果、ストレスとうまく付き合えるようになった事例を紹介します。
職場の人間関係で悩んでいるAさん
Aさんは30代前半の女性、入職8年目の会社員です。職場で実施されたストレスチェックで高ストレス者と判定され、自発的に来談されました。お話をうかがうと、職場の人間関係についての困りごとを抱え、多大なストレスを感じていることがわかりました。
Aさんは4か月ほど前から、ある後輩の教育を任されていました。後輩は自分の思ったことを相手がどう思うかを考慮せずにそのまま口にするタイプの人のようです。Aさんはその後輩とうまくコミュニケーションをとることができず、後輩に対して苦手意識を持っていました。
Aさん以外にも、後輩の無神経な言動を不快に思う同僚がいて、Aさんは同僚から「もっと後輩にビシッと言ったほうがいい」と言われていました。しかし、人にビシッと言うことが苦手なAさんはそのことも苦痛で、自分の指導力のなさを責められているように感じていました。
特にここ2か月ほどは気分が重く、これまで楽しめていたことが楽しめなくなり、休日は自宅でボーっと過ごすことが多くなりました。また、突発的にイライラすることがあり、気持ちをどのように処理すればよいのかわからず困っていました。
Aさんは「このまま放っておいたら、うつ病になってしまうかもしれないし、仕事で取り返しのつかないミスをしてしまうかもしれない。そうなる前になんとかしようと思っていたら、以前職場の研修会でカウンセリングについて案内されたのを思い出した」と話しました。
「後輩の教育も人間関係も、誰もが普通に経験することなのに、こんなことぐらいでつらくなってしまう自分が弱い」と流涙し、何かにつけて自分を責める傾向が見受けられました。
話し合いの結果、現在の困りごとに焦点を当てて、カウンセリングを開始することで合意しました。カウンセリングでは、カウンセラーとクライエントが一緒になって困りごとを解消していき、困りごとの解消の仕方そのものをクライエントに学んでいただきます。
悪循環の整理
実際に困りごとである「後輩とのコミュニケーション」について取り上げ、どのような悪循環が生じているのかを一緒に整理しました。後輩との間で最近起きたトラブルの場面を思い出してもらうと、Aさんが書類の書き方ついて後輩にアドバイスをした時に「私はまだ新人なのに、なんでそんなに細かいことばかりいちいち言われなくちゃいけないんですか!」と強い口調で反発された時の話をしてくれました。
Aさんの場合、後輩に反発された状況で、「また反発されてしまった」「私の言い方がよくなかった」「私は先輩失格だ」「私はダメ人間だ」といったグルグル思考が生じ、その結果、落ち込みや自責感というネガティブで強烈な感情が生まれていました。同時に血の気が引いて、動悸がするという不快な身体反応が出ていました。Aさんはその場で何も言えずに俯いてしまったそうです。
その後もグルグル思考はおさまらず、ネガティブな感情や不快な身体反応はそのまま続きました。仕事が全く手につきません。自宅に戻ってもグルグル思考はおさまらず、むしろ後輩に言われたことを思い出してグルグル考えるということがエスカレートしていました。自宅でもAさんは何もできず、夜になってもなかなか寝つけず、何時間も悶々としていました。
悪循環に苦しみながらもAさんはストレスへの対処を試みます。Aさんはその晩、グルグル思考で寝付けないことを懸念し、飲酒して無理やり入眠しました。
そして翌日、自分がさらにつらい気持ちになることを防ぐため、職場に行っても後輩とは目を合わせないようにしました。後輩にアドバイスしたいことがあっても、「また反発されるから言わないでおこう」と考え、実際言わないことにしていました。
悪循環を整理する中で、これらのストレスへの対処はその場しのぎで、根本的な解決にはつながっていないとAさん自身が気づいたようでした。「自分のグルグル思考がここまでひどいとは思っていなかった。後輩のせいで自分が苦しんでいると思っていたが、自分のグルグル思考がさらに自分を苦しめていることがわかった」と感想を話してくれました。
カウンセラーは日常生活でも自己観察をしてくるようAさんに依頼し、その結果を見ながら、Aさんの反応パターンの特徴を整理しました。Aさんの場合、ストレス状況に対してネガティブなグルグル思考が生じ、その結果心身の状態が悪化していました。
特に、自分を責める思考が生じやすく、その影響でひどく落ち込んでいました。相手に嫌なことを言われても、すぐに自分を責めるので何も言えなくなってしまい、反論や自己主張ができません。
グルグル思考のせいで、仕事がはかどらず、家に帰っても何もできず、夜も寝付けなくなっていました。Aさんは「後輩の教育を任されてから、こんなことを繰り返しているのだなと思った。自己観察することで少し自分と距離がとれて、ちょっと気持ちがスッキリしたのに気づいた」と話してくれました。
具体的な目標の決定
Aさんとカウンセラーは、問題がどのように改善されればよいかを検討し、「グルグル思考が生じたら、そのことに早めに気づいて、思考を方向転換できるようになる」「自分を責める思考が生じたとしても、必要な時には自分の意見を相手に伝えられるようになる」という具体的な目標を立てました。具体的に目標が立てられれば、目標を達成するための技法を選ぶことができます。
思考の方向転換
Aさんの場合、「私の言い方がよくなかった」「私は先輩失格だ」といった思考が、Aさん自身を苦しめていました。そこで、自分をつらくさせる思考を、自分をつらくさせない新たな思考に置き換える技法(認知再構成法)の練習を行いました。
取り組む中で、Aさんは「2年前に別の後輩の教育をした時はなんとかできていた」という事実を思い出しました。当時の後輩は今でも同じ職場で活躍しており、この事実はAさんの思考に対する大きな反証となりました。
また、他の同僚が何かあるとすぐに上司に相談していることにも気づきました。「私は後輩を避けるだけじゃなく、誰かに相談することも避けていたのかもしれない」と発見があったようでした。
思考を方向転換した結果、もとの思考の影響力が低減し、気持ちが落ち着いたようでした。Aさんは「大変だったけど、自分で新しい思考を生み出せたことが嬉しかった。上司には相談してみようと思う」と感想を話してくれました。
その後、様々なストレス場面に対して何度も練習を繰り返すことで、Aさんのグルグル思考は次第に軽減していきました。
問題解決的な構え
Aさんが後輩の件を上司に相談すると、「明らかに失礼な態度や間違った言い方をした時は、具体的に指摘してあげたほうがいい。職歴が長くなるほど下の指導をする仕事が増えるのだから、後輩を練習台だと思って他人に注意をする練習をしてみたら」とアドバイスしてくれたそうです。
そこで、ミスをしたにも関わらず、それを認めて謝るということをしない後輩にAさんが注意できないという問題に対し、実行計画を立てることにしました。
Aさんは計画を立てる際、「私は何か問題が起きると、問題から逃げたくなってしまう。何か起きた時、逃げるのではなく立ち向かえるようになりたい」と話しました。計画を立てた1週間後に、実行計画を試すチャンスがめぐってきました。
Aさんは後輩に反発されるのではないかと恐れていましたが、紙に書いたポイントを示しながら「ミスはすぐに認めて謝ったほうがいいと思う」とアドバイスしたところ、後輩はあっさり「わかりました、ありがとうございました」と言ったそうです。「何だか拍子抜けで。私がこれまでビクビクして後輩に接していたのがよくなかったのかもしれない」とAさんは言いました。
重要なのは、何か問題が生じた時にそこから逃げようとするのではなく、何が問題かを具体的に外在化し、その問題に対して今の自分は何ができそうかを落ち着いて考え、実行するという「問題解決的な構え」を持つことです。このような構えを持てるようになると、困った問題が起きても、うろたえることは少なくなるでしょう。
その後の展開
結局15回ほど来談され、Aさんのカウンセリングは終結となりました。Aさんのストレス状況は相変わらずでしたが、カウンセリングで身に着けた方法を使うことで、それまでよりうまく自分のストレスと付き合うことができるようになりました。
カウンセリングの感想として、「問題が完全になくなるわけじゃないけど、落ち着いていられる。以前は何かあったらどうしようと常に不安に思っていたが、今は何かあっても対処すればよいと思える」と話してくれました。
高ストレス者のメンタルヘルス不調の回復をサポートするためには、労働者が相談しやすい環境を整えることが重要です。労働者が抱えている悩みや不安を気軽に相談できる相談窓口を設置しましょう。医師による面接指導を希望しない労働者の受け皿となるだけでなく、高ストレスには該当しないものの不調を感じている労働者の支えにもなります。
相談窓口は社内設置だけでなく、外部委託で設置する方法もあります。人間関係が良好な職場であっても「上司に迷惑をかけるし、個人的なことは相談しにくい」「自分の評価や立場が脅かされるかもしれない」と考え、社内の相談窓口の利用に不安を感じる労働者も少なくありません。労働者の視点に立ち、最適な方法を検討しましょう。
(ライター:前田 わかな/臨床心理士・公認心理師)