トップコラムマニュアルだけでは守れない。カスハラを受けた社員の心をどうケアするか

コラム

トップコラムマニュアルだけでは守れない。カスハラを受けた社員の心をどうケアするか

マニュアルだけでは守れない。カスハラを受けた社員の心をどうケアするか

2026年10月から、企業におけるカスタマーハラスメント対策が義務化されます。相談窓口の設置や対応方針の策定、マニュアルの整備など、法改正に向けた準備を進めている企業も多いのではないでしょうか。
本記事では、株式会社マイシェルパの開催セミナー「マニュアルだけでは守れない。カスハラを受けた社員の心をどうケアするか」をレポートします。今回はカスハラを受けた社員「ケア」の部分に重点を当てて解説させていただきました。

吉田

吉田 哲久(カウンセラー)
株式会社マイシェルパ / 公認心理師・臨床心理士

精神科クリニックに10年勤務し、年間1,000件を超えるカウンセリングを担当。現在は株式会社マイシェルパ カウンセリング部に所属し、法人担当者に向けたメンタルヘルス施策の助言や研修を行うほか、個人向けのカウンセリングや心理検査も実施している。

第1部:カスハラ対策の義務化と現状

カスハラの歴史と定義

まずはカスハラ対策に関して、カスハラの歴史から見てまいりましょう。 「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉は、2010年代に造語として出現し、少しずつ皆さんに認知されるようになりました。
カスハラという言葉が浸透する前までは「クレーム」という言葉を使うことが多かったと思います。 本来、「クレーム」とは「顧客からの正当な抗議」を指す言葉です。しかし、実際には「いや、これは不当だよね」と思われるものまで含まれて「クレーム」と呼ばれてしまっていました。そのため、正当なものと不当なものを明確に区別する意味において、非常に使い勝手の良い言葉として「カスハラ」が浸透し、明確に区別されるようになってきました。

カスハラという言葉や問題への認識が広がるなかで、国も対策に乗り出し、2022年には厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成しました。これによって、カスハラは従業員個人が我慢して対応するものではなく、企業として対策すべき問題だという認識が広がっていきました。

ただ、マニュアルが作られたあともカスハラの被害は続いています。そこで、企業に対応を任せるだけでなく、きちんと対策を進めてもらう必要があるということで、2026年10月1日からは、カスハラ防止に必要な対策を講じることが企業に義務づけられます。

ここで、カスハラの定義を簡単に復習しておきましょう。 カスハラは「カスタマーハラスメント」の略であり、「顧客から、事業関係者に対して行われる著しい迷惑行為であり、就業環境を害するもの」と定義されています。この3つが、カスハラの3つの定義と言われています。 なお、具体的な内容や通常のクレームとの違いに関する詳しい説明は、本日は省略させていただきます。

年々増加するカスハラ被害

実は、カスハラは年々増えております。 2020年度(令和2年度)においては、「カスハラを受けたことがある」と回答した企業は19.5%(約5社に1社)でした。しかし、それからたった3年で8.4ポイントも上昇し、27.9%(約3〜4社に1社)がカスハラを体験しているというデータが出ており、被害は増加しています。

カスハラに関するよくある誤解

カスハラは新しくできた概念ということもあり、色々な誤解がつきまとっています。よくありがちな勘違いをこちらに挙げます。

  • 「現場担当者の接客スキルを上げれば、カスハラは防げる」
  • 「カスハラ対策をしてしまうと、売り上げが落ちてしまう」
  • 「カスハラでやられるような奴は心が弱い奴なので、どうせいつか駄目になっている」

 当たり前ですが、これらはすべて「間違い」です。

カスハラの代表例と具体的な影響

カスハラの代表的な例としては、土下座の強要、侮辱、同じ質問を繰り返す、長時間の拘束、お説教などがあります。いずれもクレームとは異なり、「不当なもの」が多いという点に注目してください。

どのような行為が多いかというと、複数回答ありのデータですが、最も多いのが「継続的・執拗な言動(同じ質問を何度も繰り返す、コールセンターに何度も同じ電話をかけるなど)」で、全カスハラの70%以上を占めています。 皆さんがイメージしやすい「威圧的な言動(大きな声を出す、否定的な発言をするなど)」は、大体半数(約50%)になっています。

このようなハラスメントを受けるとどうなるのかについて、厚生労働省のデータによると、以下のような結果が出ています。

  • 怒り、不満、不安を感じた
  • 仕事に対する意欲が減退した
  • 不眠(眠れなくなった)を訴える

明らかに「メンタル不調」を引き起こし、仕事の意欲も落ちるため、「休職のリスク」が増えるのがカスハラの問題点です。

正当なクレームであれば、商品やサービスをより良くするきっかけになります。しかし、カスハラは、要求の内容や伝え方が行き過ぎたものであり、対応する従業員に大きな負担を与えます。そのままにしておくと、メンタル不調や休職・離職につながり、結果として企業にも大きな影響が出てしまいます。だからこそ、従業員個人に任せるのではなく、企業として対策していく必要があるのです。

カスハラ対策における義務化の内容

具体的には、以下のようなものが義務化の対象となっています。大きく2つに分類されます。

  • 1.カスハラを想定した事前の準備
  • 2.カスハラが実際に起きた際の対応(事後対応)

この「事前」と「事後」の2種類の準備が必要になります。
さらに、これらは内容によって2つの種類に色分けできます。

  • 社内規定の作成・実施:社内ルールの教育・研修、社内でどうすべきかの取り決めなど。
  • 相談体制の整備・従業員への配慮措置:従業員のための相談体制の整備。

事前・事後のどちらのフェーズにおいても、この2種類が必要になってくるというのが、今回の義務化の中身です。

カスハラと他のハラスメントの違い:なぜ「ケア」が必要なのか

ここで、なぜ「ケア体制」が非常に重要になってくるのかを説明します。 カスハラは、他のハラスメントとは全く異なる特徴を持っています。

例えばパワハラやセクハラは「社員が社員に対して」行いますが、カスハラは「顧客から社員に対して」行われます。そのため、いくら社内研修を行って従業員の知識やスキルを向上させても、顧客の行動まではコントロールできません。

ここで「交通事故」をイメージしてください。
どれだけ社員の「運転スキル」を上げても、対向車から突っ込んでこられたら事故は防げません。その時に、事故に遭った社員に対して「お前の運転スキルが低いからだ」「お前が駄目なんだ」と切り捨てていたら、社員たちは安心して運転できなくなり、どんどん辞めていってしまいます。 これと同様に、社員に対する研修や教育だけではカスハラを完全に防ぐことはできないため、「ケア」を行う必要があるのです。これが、義務化の内容にも含まれている「ケアの重要性」の背景です。

第2部:社員のケアの重要性

被害者(対応スタッフ)に及ぼす心理的影響

カスハラに対応したスタッフがどのような気持ちになるか、具体的な影響を見ていきます。

  • 自責:「自分が悪かったかもしれない」と思い悩む
  • 恐怖:「またあの人が来たらどうしよう」と怯える
  • 怒り:「なんで私がこんな目に遭わなければいけないのか」と憤る
  • 回避:「もうやりたくない」と避けるようになる

これらが結果として、メンタル不調や学習性無力感を引き起こします。カスハラは不当なものであるため、「何をしてもどうせ駄目なんだ」という無気力を学習させてしまうのです。これが、パフォーマンスの低下、エンゲージメントの低下、そして休職や離職へと繋がっていきます。

やってはいけない初期対応の誤解

最悪の事態に陥る前にケアをしなければなりませんが、カスハラ被災者への初期対応として、良さそうに見えて実は望ましくないアプローチが多々あります。 例えば以下のような対応です。

  • 共感する
  • 熱が冷めないうちに、関係者を集めて振り返りを行う
  • 「忘れよう」「気にしないでね」といったポジティブな声かけをする
  • 「怖かったね」「悲しかったね」といった同情的な声かけをする
  • 克服・回復のために、普通に働かせる

実は、これらはすべて「望ましくない(やってはいけない対応)」とされています。 アメリカの保健福祉省も、心的外傷(トラウマ)への対応として、これら5つはすべて「やってはいけないもの(トラウマ化を進行させるもの)」として挙げています。 良かれと思ってやってしまいがちな声かけや関わりも、実はよろしくありません。だからこそ、専門家の手を借りることが非常に有効になってきます。

専門家(臨床心理士・公認心理師)の重要性

ここで重要なのが、ケアをする専門家の「クオリティ(質)」です。 日本における「臨床心理士」や「公認心理師」は、国家資格を持っていたり、大学院を修了したりしています。彼らは「理論に基づいて治療法を習得している」ため、先ほどのように「何が駄目(やってはいけない)か」を的確に判断できます。
一方で、それ以外のカウンセラーは、テクニックは知っていても、理論に基づいて適切な手法を使い分けることがあまり得意ではない方が多いです。例えば先ほどの「傾聴」や「共感」は一般的に良いとされていますが、トラウマ対応の初期段階など、状況によっては「やってはいけない」ケースもあります。

これを「注射」に例えてみましょう。
「私は注射が得意だから」と言って、誰にでも同じ注射をバンバン打つ人がいたら怖いですよね。「あなたはこの病気だからこの注射」「あなたはその病気だからその注射」と、必要な手法を見極めて切り分けること(診断・使い分け)が圧倒的に重要です。
カスハラ対応においても、「この人はカスハラの被害だから、こういう対応が必要だ、これが効果的だ」と見極めて使い分けられるかどうかが最も重要になります。

望ましい初期対応の5つのポイントと模範例

初期対応として非常に重要とされる5つのポイントは以下の通りです。

  • 安全確保
  • ねぎらい
  • 必要最小限の事実確認
  • 本人を責めない
  • 必要に応じて専門家に繋げる

これを踏まえた模範的な声かけの例をご紹介します。
模範例なので少し堅い表現ですが参考にしてください。

声かけの例

大変でしたね。以降の対応はこちらで引き取ります(安全確保・労い)
この件はあなた1人の問題としては扱いません(本人を責めない)
今後同じ方から連絡があった場合は、〇〇部門等で対応をします(今後の安全確保)
今話すのが辛ければ、落ち着いてから必要な範囲で確認します(必要最小限の事実確認)
必要であればカウンセリングを利用することもできます(専門家への接続)

企業は情報収集や事実確認を重視するあまり、最初に細かく事情聴取を行ってしまいがちですが、それが逆にトラウマを再体験させ、悪化させてしまうことがあります。一見良いとされる関わりでも、その人にとっては悪影響になることがあるため、判断が難しい場合は専門家にきちんとケアを任せることが重要です。

周囲のスタッフや管理職に及ぼす二次的影響

カスハラは、直接対応した被災スタッフだけでなく、それを見ている「周囲のスタッフ」や「管理職」にも多大なる影響を及ぼします。

周囲のスタッフへの影響

観察学習
他のスタッフ(Aさん)がカスハラを受けている様子を見ることで、「自分だったらどうしよう」「自分もそうなるのではないか」という不安や恐怖を学習してしまいます。その結果、実際には直接被害に遭っていないのにもかかわらず、自分もどんどん不調になっていくケースがあります。

不適切な関わり(二次加害)
人間はショッキングな状況を目にした時、自分の心を守るために「Aさんが良くなかったからカスハラを受けたんだ」「Aさんの対応スキルが足りないからだ」と思おうとする心理が働きます。「自分はAさんとは違うから大丈夫」と認識することで、自らの受けるダメージを和らげようとするのです。その結果、「Aさんって駄目な人だよね」と周囲が被害者を責めたり、攻撃したりしてしまい、被害者のメンタル不調をさらに悪化させることがあります。

管理職への影響
管理職も同様の心理から、「部下の対応が悪かったからだ」と捉えがちです。顧客のせいにしてしまうと部下への指導やマネジメントができていないように感じられるため、被害に遭った部下に対して強く指導(お説教)してしまうことがあります。

これらの結果、職場の人間関係が悪化し、社内ハラスメントに発展することがあります。さらに、そうした状況を周囲に撮影されてSNSに投稿されればブランドイメージが低下しますし、周りのスタッフの休職・離職も増えてしまいます。

「指導」と「ケア」の両立

対応したスタッフの「ケア」はもちろん、目撃した周囲のスタッフの「不安や恐怖のケア」も重要です。 一方で、被害者への「声かけや事後の認識(どう受け止めるべきか)」を教えることや、管理職への「不適切な初期対応をしないような指導」「正当なクレームと不当なカスハラの切り分け」といった、組織としての「指導」も必要になります。

しかし、この「切り分け」はまだ現場に十分に浸透していません。 ここで重要になるのが、「ケア」と「指導」の両立です。ただ優しくケアするだけでなく、組織的な指導や切り分けのルール整備まで一括してアプローチできるのが、心理学の専門家の強みです。専門家であれば、ケアと指導の両面を両立して一括対応することができます。

第3部:相談しやすい職場作り

従業員はカスハラに遭った際、以下のように悩んで抱え込んでしまうことが多いです。

  • 「これはカスハラだったのだろうか?」
  • 「このくらいは1人で我慢するべきかもしれない」
  • 「会社に言わない方がいいかも、私のせいかもしれない」 

また、管理職もそのような従業員に対してどう介入すべきか分からず、特にメンタル面に関しては触れようとしないケースが多いです。会社側も、誰にこの対応を任せればよいか分からないという課題を抱えています。

そこで、新しいアプローチとして外部の「相談窓口」を作っていただくことを推奨します。 窓口があれば、会社側は対応を一任できますし、従業員は「これはどうだったのか」といった相談や、気持ちの整理を専門家に相談できます。管理職も「どう指導したらよいか」を専門家に相談できるため、非常に心強い存在となります。

窓口での相談を通じて「相談して良かった」という経験が積み重なると、社内に「相談することにはメリットがある」という認識が浸透します。これが、普段の職場でも「相談しやすい環境・風土・土壌作り」へと繋がっていくのです。 

カスハラ対策を社内だけで完結させるのは非常に難しいため、専門の相談窓口を上手に活用し、「相談して良かった」を積み重ねていくことが、相談しやすい職場作りに非常に有効です。

まとめ

  • 2026年10月から企業のカスハラ対策が義務化されます。
  • 構造上、カスハラは完全には防げません。従業員のケアが必須です。
  • ケアから個別指導まで一貫して対応できるのが、心理学の専門家の強みです。
  • 「相談して良かった」という相談窓口での成功体験の積み重ねが、相談しやすい職場環境を作ります。


最後に、弊社「マイシェルパ」のサービスを簡単に紹介させていただきます。 弊社では、主にオンラインカウンセリングを提供しております。代表が精神科の専門医であり、所属するカウンセラーは全員「臨床心理士」または「公認心理師」の有資格者(専門家)のみとなっています。
>マイシェルパのメンタルへルスサービス

また、無料で始められる「ストレスチェック」なども提供しておりますので、これらを合わせてぜひご検討いただければと思います。
>ファースト・ストレスチェック

それでは、本日のカスハラに関する研修はこれで終了いたします。
ご清聴ありがとうございました。

オレンジの広告バナー。法令対応のストレスチェックを最短・低コストで提供する『ファースト・ストレスチェック』の案内と、右下の“詳細はこちら”ボタン。

一覧にもどる